24年前の1995年1月17日午前5時46分は京都の自宅で寝ていました。
不気味なきしみ音で目が覚め、意識覚めやらぬ状態に突然地面から突き上げるような地震。
揺れというよりは、激しい突き上げという方が適しています。
実際にどれくらいの時間、突き上げが続いていたのか記憶は定かではありませんが、とても長く感じました。
幸いにも自宅内は食器棚の扉が開いたぐらいで大きな被害はありませんでした。
その後、余震と戦いながらテレビで情報収集をしましたが、早朝ということもあってか神戸方面で大きな地震があったというコメントぐらいしかわかりませんでした。
いつも通り身支度をしていともの時間に家を出ました。
市バスも普通に運行していたので、ボクはまだ事の重大さに気づいていませんでした。
会社へ向かう途中のJR山陽線の電車が止まっているのを見ても、すぐに復旧するだろうと思っていました。
甚大な被害に気づきだしたのは、会社に出勤してテレビのニュースを見た時です。
それは神戸市の至る所から火煙が立ちのぼるヘリコプターからの映像でした。
身動きが取れなくなりました。
そして次々に飛び込んでくるショッキングな映像。
横倒しになった高速道路。
決壊した高速道路から前輪が飛び出しているバス。
しかし、伝えられる情報は断片的でどこまでどのような被害が及んでいるのかもわからない。
その後、時間の経過とともに、断片的な情報と断片的な情報がつながりだして、すこしずつこの震災の恐ろしさが立体的に姿を見せ出しました。
想像を絶する・・・。
事の深刻さに何もすることができない無力さを実感しました(もちろん支援物資や義援金は送りましたが)。
あれから24年。
あっという間でした。
この間、わが国では数多くの自然災害に見舞われ、災害対応力は向上したと思います。
この国に住んでいる限りは地震が起こらない事を望むよりも、インシデント対応力をあげていくしかないと思います。
そして、仮に震災があっても被害を最小限に抑えるようになりたいものです。
24年前のあの日を無駄にしないためにも。
合掌